境内の委員長
「こら! またそんなもん学校に持ち込んで!」
鞍馬の奴が鞄に隠し持っていた漫画雑誌を目ざとく見つけた我らが委員長、寺野依杜子《てらのいとこ》の怒声が響く。
「ちっ! 相変わらず目ざといこって。その眼鏡は何でもお見通しって訳か」
「眼鏡は関係ないわよ」
軽口に冷静に応じながら、左手でレンズの上下を挟み込むように眼鏡の位置をクイっとなおす。その目線は、鞄の隙間から覗く一定の厚さごとに色の変わるやや粗い紙の重なりから目を離さない。それは、言うまでもなく週刊漫画誌によくある作りである。
「とにかく、校則違反だからね。見つけたからには没収させて貰うわよ」
毅然と言い放つ。
「はいはい」
「『はい』は言うなら1回にしなさい」
鞍馬が悪びれた様子もなくあっさりと差し出した雑誌を、我らが委員長は更に小言を重ねながら受け取る。
「まったく、校門をくぐればそこは異界。学問に特化した神聖な空間に俗なモノを持ち込まないで欲しいわ」
そんな少し変わった捨て台詞を残して、頭の上の方でツーテールにした黒髪を揺らしながら颯爽と教室を後にする。戦利品を持って職員室へ向かったのだろう。
「委員長の奴、本当にめざといでやんの」
一方で、没収の憂き目にあった鞍馬はそんなに痛手を受けた風も無くぼやく。
実はあの漫画雑誌は通学電車で目ざとく拾ってきたモノなのだ。だから懐は痛まない。
何でも、同じ車両に乗っているサラリーマンが律儀に毎週毎週同じ時間に同じ網棚に放置していくらしい。貧乏学生には有り難いことだ。
「なんであそこまで口うるさいのかねぇ。大人しくしてりゃぁそれなりにいいとは思うんだが」
鞍馬の悪友1、須田が話に乗っていく。
「そうか? どうにも気が強そうだし。あの眼鏡も野暮ったいし」
「確かになぁ…… あいつってコンタクトにはしねぇのな。あんまり素顔見たことないけどどうなんだろうなぁ」
「眼鏡を外したら美少女って? そんなのありえないよ」
二人の会話に、ここで入っていったのが、鞍馬の悪友2であるところのこの僕、奥小田通之《おうおだみちゆき》だ。
「奥小田、おまえ、大人しい顔してきついこと言うねぇ」
「おう、後から入ってきて全否定かよ…… ま、確かに問題外だな、あんなキッツい女。それよりもA組の……」
僕の言葉に、話の流れが他の女の子の話題に移る。高校一年生男子の雑談としては非常に健全なものだ。
うん、上手く誤解してくれてよかった。あの話の流れはちょっと危険だったからね。ボロは出さないようにしないと。
さて、ここまででおおよそご理解頂けると思うけど、我がクラスの委員長は非常に厳格でキツイ性格なのである。ちょっとした不正も見逃さない。相手が男子だろうと先の通りはっきりきっぱり恐れることなく注意するのだ。
更に、銀縁の台形を逆さまにしたような形状、所謂ウェリントン型の眼鏡には分厚いレンズが嵌っており、目元を彩る実用一点張りの生真面目な雰囲気が、その性質を更に補強している。ただ、それでいて、長い髪を頭の左右でツーテールにしているのは「これで三つ編みだといかにもって感じでしょ?」とは本人談。一般人には少し理解しがたい理由だった。
そんな委員長に対するクラスの男子の評判は鞍馬と須田の会話に集約されている通り。
ただ、女子には男子にもきっぱりモノをいう態度が好感を得ているのか人気が高い。
見た目通りにきっちり仕事は出来るので教師の覚えもめでたく、将来的には生徒会長にでもなるんじゃないかと噂されている。まぁ、僕はどっちかというと風紀委員長とかの方が似合いそうな気がするけどね。
でも、そんな委員長は、僕にとって密かに気になる存在だった。
敢えて三つ編みじゃないところがポイントが高いというか。
凛然たるその態度といい、眼鏡といい。
真っ直ぐな性格といい、めがねといい。
ちょっと変わった言い回しといい、メガネといい。
とにかく、僕の興味を惹く存在だったんだ。
だけど、男子の間では先の通りの評判なんで大っぴらには出来ない。
多かれ少なかれ異端を排除する性質を持つ学校という閉鎖された社会で快適に過ごすためには、時に想いを秘すことも必要なのだ。今までの人生でその辺は嫌と言うほど学んできたからね。ま、この話題は楽しくないから置いておこう。
そんな気になる委員長の意外な一面を知ることになって、少しだけ彼女との距離を縮めることが出来たのは、もう1年も終わりに近い、学期末試験最終日前日のことだった。
3月5日。
学期末試験最終日前日。
あと1日頑張れば、試験休みという日。
僕は、かねてから立てていた計画を実行に移すことにした。
最後の試験勉強に勤しむためにさっさと帰宅するクラスメート達が捌けた頃を見計らって教室を出、駅側のファーストフードで腹ごしらえをした後、家には帰らずある場所へと向かう。
学校の最寄り駅の隣の駅には、関西随一の電気街がある。そこへ僕はよく寄っているのだが、実は、そこへ向かう途中には大小取り混ぜ数多くの寺社があったりする。まぁ、寺社と共にいかがわしいホテルがあったりして本来的な意味とは異なるちょっとした異界を形成していたりするのはご愛敬。
その中でも比較的大きな神社が、僕の目的地だった。
学校から徒歩で15分ほど。駅とは方向がずれているのでクラスメートに見咎められる危険性も少ない。
繰り返すが、今日は3月5日。
この日に神社へ向かうとなれば……
「さて、生巫女はいるかなぁ?」
そう、誰が決めたか僕が勝手に言っているだけか、ともかく3と5を並べれば巫女と読める。
だから3月5日は巫女の日だ。
間違いない。
巫女の日に巫女を見に行く。
それが、この僕の立てていた計画だった。
別に、生の巫女を見たことが無い訳ではない。でも、それは初詣やえべっさんなどの行事でのこと。イベントでの姿はそれはそれで趣があるけれども、日常風景にこそ最もその魅力を純粋に感じることが出来るはずだ。
そう、僕は神道に並々ならぬ興味を、などと白々しいことはよそう。
『萌え』などと無粋な言葉で括る事なかれ。オタク文化が産んだ侘び寂びとも言える概念として『巫女』を愛でるのだ。僕は確かに普段は鞍馬や須田と連んでいるが、それは一種のカモフラージュ。こういった趣味は不用意に気づかれると危険だからね。そんなことになれば、明日からの僕のあだ名は『オタロード』(日本橋電気街堺筋一つ西の通り)だ。だから隠しているけれど、生来、僕はこういった方面が大好きなのだ。
遙か太古より続く伝統美。
清楚可憐なるモノとして神聖視される概念武装、巫女装束。
白と赤のコントラスト(勿論緋袴以外も存在することは知っているがやはり基本は緋袴だ)から生じるシンプルでありながら清廉なる魅力。
神社という異界に確かに存在するそれを纏し神の言葉を受けし娘。
その破壊力は、きっと強大に違いない。
因みに、巫女が神に通じる部分を重視するのであれば、処女性の重視は矛盾していると僕は思っている。女性は子をなすことが出来るからこそ神により近い存在とするのが、こういう役割に女性がつく理由の最たるモノなのだから。生命を育む=神の御業という訳だ。更に言えば、巫女が娼婦的な役割を果たしてさえいたという話もあるしね。
その辺りは多分、女人禁制など男女の性的な交渉を穢れとする考え方を持つ仏教的な考えや、処女懐胎に代表されるキリスト教の処女性重視の思想が混じって出てきたものだろう。だから、原初からの思想ではないと思うんだ。
ところが一方で、日本古来の宗教はあらゆる宗教を吸収する性質がある。だから諸外国の宗教から来た処女性の重視が間違っているとも一概に断定できない。そういった混沌とした部分が、宗教であって宗教でない、伝統としての一面を持つ神道の面白いところだろう。そして、そんなモノを清濁全て飲み込んで尚、超越して神性を放つからこそ、巫女は計り知れない魅力を持つのだと僕は信じている。
まぁ、御託はともかく、そんな文化的興味による鑑賞行事を決行している訳である。
ドキドキしながら、鳥居を潜る。確か、鳥居は俗界と神域を区切る結界。ここからは神域だ。僕は純粋な巫女への想いを胸に、表参道を歩く。
試験期間中は学校は午前中で終わる。だから、今は平日の昼間。暇なご老人方がまばらに散歩している程度で境内は閑散としていた。
そう、人の姿がほとんどない。
巫女の姿さえも!
あとで聞いたことだけれど、巫女さんは繁忙期のバイトがほとんどで、それ以外の時期に常駐の巫女を雇うような神社はそうそう無いということだった。だから、居なくてもそんなに不思議ではない。でも、このときの僕はそんなことは知らない。何しろ、日常の巫女を見に来たのだからイベントの時しか居ないのではお話にならないじゃないか。
ここまできて巫女を見れなければ負けだ。何に負けるのかは解らないがとにかく一生悔いが残るレベルの敗北だ。
だから僕は、徹底的に探すことにした。
社務所の中を覗き込み、あわや不審者と思われそうなところをおみくじを買って誤魔化したり、何のイベントも無いうら寂しい参集殿の周囲をぐるりと一周してみたり、絵馬堂からそういえば此処は昔景色が良くて遠眼鏡屋があったのかと『眼鏡』の単語に反応してその縁起をじっくり確認したり、境内を歩き回った。
そして、その執念が実ったのか、本殿の裏手に回ったところで遂に邂逅した。
倉のような建物の中に、長い黒髪を首の後ろで壇紙と水引で纏めた緋袴に白衣姿の紛う事なき巫女装束の後ろ姿を見つけたのだ。
「よ、と……」
その後ろ姿は、木箱を持った手を脚立の上で危なっかしく伸ばしている。どうやら、棚の高いところにその木箱を直したいようだけど、背丈が微妙に足りないのか場所が定まらずに四苦八苦している、といったところか。これは中々、よいシチュエーションじゃないか。
僕はそんなことを思いながら、少し距離を置いて眺めていた。巫女さんは、作業に必死で僕のことになど全く気づいた様子はない。しばらく試行錯誤するように手を伸ばしたり引っ込めたりした後、何とか木箱を棚に乗せたところで、
「あ!」
驚きの声を上げる。油断したところで、バランスを崩したのだ。
その様子を子細に観察していた僕の方が、巫女さんよりも反応は早かった。いつでも走って逃げ出せるように腰を落として構えていたのも効を奏したのかもしれない。
巫女さんが倒れるよりも早く、僕はその背を支えるようにして、抱き留めた。
ガシャン。
脚立が倒れて大きな音を立てる。だが、巫女さんは僕の手で背中を支えられて、45度ぐらいの角度で天を仰いだ姿勢にとどまる。それはまるで、社交ダンスの一場面のような状態だった。自然、腕の中の巫女に目がいく。
涼やかな目元にひと味足りないのは否めないが、綺麗な顔をしている。恐らく僕とそんなに年は離れていないだろう。
これはちょっとした出会い。ゲームならシナリオ開始資格を得て、今後の移動選択肢にこの神社が追加されるフラグが立ちそうな場面だ。
きょとんとした表情でしばし呆けた状態の巫女を、そんなことを考えながら見つめて、暫時、静寂が流れた。
「あ、あああああ、ありがとうございます」
静寂は、巫女の言葉で断ち切られた。自分の姿勢に気づいて恥ずかしくなったのか、頬を染めた顔が愛らしい。体を離して慌てて姿勢を正すと深く腰を曲げて頭を下げる。
「い、いえ。当然のことをしたまでです」
うん、危ない巫女さんを救うのは勿論『当然のこと』で間違っていないはずだ。
「え…… もしかして、奥小田?」
そんな僕の言葉に対して返ってきたのは、他ならぬこの僕の名を告げる意外な言葉だった。そこには、目を睨むように細めてこちらを見る、巫女の姿。その顔をよく見るが……
「え、どうして僕の名前を?」
やっぱり見覚えが無い。だから、僕は問い返したのだが、
「……それはちょっとひどいかも」
言いながら、袂に手を入れると、淡い桃色の布包みを取り出した。包みを解くと、そこから現れたのは銀色に輝く骨組みに嵌った一組のレンズ。二つの蔓を伸ばし、かんばせを伏せて両耳に掛ける。
そして、上がったその顔は……
「い、委員長?」
今度はこちらが驚く番だった。先の涼やかな目元は銀に縁取られ、やや生真面目ながらも強い意志を感じさせる輝きを点す。
間違いない。
髪をおろして雰囲気が変わっているがそこに居るのは我らが委員長に違いない。
「眼鏡で見分けられるのは心外だけど、その通り。1年B組クラス委員長、寺野依杜子よ」
「あ、ああ…… でも、委員長がこんなところで何をしてるんだ?」
「何って? 家の手伝い。あたしはこの神社の娘よ」
「寺野なのに神社の娘?」
「それはミスディレクションにもならない偶然よ」
こいつは盲点だった。
そういえば、校門を結界に見立てたようなことをいつも言ってたけど、それはこういう育ちの関係だったのか。とはいえ、委員長が巫女さんかぁ。言うなれば『境内の委員長』。これは個人的にポイントが高いぞ。
「そっか、それで巫女さんをやってるのか」
「そうよ」
こちらの驚きをよそに素っ気なく応じ、
「それと」
と、改めて続ける。
「ここは、神社の中。言うなれば俗界とは切り離された場所。そこにまで学問の領域の役職名を持ち込まないで」
いつものような毅然とした口調で、宣言する。そう、それは本来的には『お願い』なのだろうが、『宣言』としか言いようのない口調だった。
だから、
「解った…… けど、じゃぁ、なんて呼べばいいんだ?」
「そんなの、自分で考えなさいよ」
にべもない。そんな委員長の態度に、悪戯心が湧いてきたのは当然の帰結とも言えよう。
先ずは、ニヤリとわざとらしく笑みを浮かべる。
「な、何?」
案の定、少し警戒の色を見せる。
「そうだな、それじゃぁ、寺野依杜子さんだから……」
そこで、たっぷりと間を開ける。こちらを緊張した面持ちで見つめる委員長の姿をしばし堪能したところで、
「『いーたん』と呼ぼう!」
と続ける。
ふふ、どうだ、この中途半端な萌え呼称は。理解できれば良し、理解できなければ解らないまま呼び続けるということでどちらに転んでもそう悪くない賭だろう。
ところが、
「待ちなさい。何? そのどこぞの擬人化キャラみたいな呼称は? 『たん』は無いでしょう『たん』は!」
と、的確過ぎる突っ込みが返ってきた。
……おや?
「そういう系統なら、『たん』じゃ無くて『ちゃん』で『いーちゃん』でしょう?」
更に追い打ちを掛けるように言葉を紡ぐ。こうなると負けてはいられない。
「そんな戯言を言い出しそうな呼称は似合わないだろう」
「それこそ戯言じゃない。それに『いーたん』と呼ぶ人もいたから同じでしょう? どこの請負人を気取ってるのよ」
打てば響くとはこのことか! これは楽しいかもしれない。
因みに、『いーちゃん』というのは西尾維新の戯言シリーズの本名不詳な主人公の一般的呼称だ。
うん、小説系が通じるのなら、ここは少し方向転換してみよう。
「じゃぁ、女子達の間では確か『イッコ』って呼ばれてたよな? それでいいか?」
「う、うん。別にそれはそれでかまわないけど」
おお、すんなりOKが出た。まぁ、先に比べればずっとまともだからな。
でも、それで終わらせるつもりはない。前に土曜の深夜に毎日放送でやっていたメロンパン好きな貧乳少女が日本刀を振り回して活躍するライトノベル原作のアニメを見たときに、『なんとかイッコ』(『なんとか』の部分は忘れた)というキャラが出ていて、その名前から委員長を連想していたんだ。だから、こう繋げる。
「なんか、包帯を巻いた幼女を肩に乗せて強者を求めて彷徨う鎧武者みたいな呼び方でピッタリだな」
「そんな由来じゃないわよ! それにね、その元ネタの鍛冶の神様を祭る鞴神社の末社があるのはこっちじゃなくてもう少し南の大通りの向こう側の神社よ」
お、そうなのか? そういえば、あれは神様の名前が元ネタだったな。これは勉強になる。今度そっちの神社にも行ってみよう。
しかし、かき回すつもりがここまで自然に会話が成立するとは、予想外ながら嬉しい誤算というやつだ。ここは鎌を掛けて、一気に畳みかけてみるか。
「ところで、いーたん、一つ聞きたいんだが」
「ってだから『いーたん』は止めてって言ってるでしょ! で、何?」
「ああ、解った。じゃぁ、イッコ。お前、今は髪おろしてるけど普段は髪を両側で結んでるよな?」
「って、何で突然髪型の話?」
「いいからいいから。でだな、僕はその髪型の名前を知りたいんだけど」
「ん? ツインテールでしょ? そんなことも知らないの?」
……掛かった!
「うん、確かにそうもいうね…… でも、その呼称は一般的じゃないと記憶してたんで聞いたんだけど」
「!!!」
声にならない声を上げて口を塞ぐ。だが、もう遅い。
「そ、そんなこと無いわよ」
おお、見るからに狼狽えてる。だが、こちらは冷静に冷静に。
「まぁ、そうだね。確かに、ネットなんかを経由して一般にも大分浸透してるから、一概にそれだけを根拠に出来ないのは確かだ」
「そ、そうでしょ?」
凄い、あの毅然とした態度を旨とする委員長がここまで慌てるなんて。これは貴重な姿だ。
だが、それが僕の推測を裏付ける。まぁ、先の会話についてこれている時点で確定してるようなもんだから、推測も何もあったもんじゃないんだけれど。
「でも、それだけ慌てるってことは何かやましいところでもあるのかな?」
意地悪く言ってみると、
「そ、そんなの無いわよ」
「うん、そうだね。別に人の趣味はそれぞれだ。何もやましいことは無いだろうね」
「そ、そうよ」
必要以上に何度も頷きながら答える姿が普段と違って面白い。何度も頭を上下させたモノだから眼鏡が少しずり落ちているのもいとおかし。
「ま、この辺にしておくよ。つまり、イッコはお仲間ということで、いいんだね?」
「……そ、そうよ。悪い?」
お、開き直った。
「いや、だから悪くないって。でも、普段全然そんなそぶり見せないのに」
「それはお互い様でしょ。ここまでテンポ良く会話が続くなんて正直思ってなかったわよ」
確かに、僕も隠してるからね。別に隠すこともないんだろうけれど、思春期の少年少女は悩み多きモノということで。ちょっとしたことで嫌な目にあうことも少なくないしね。
「ところで、そんなにマンガとかが好きなのに、学校であんなに目の敵にするのはなんでなんだ?」
「けじめは必要だからよ。学校は飽くまで学問という分野に特化した神域。少なくとも、あたしにとってはだけど。そこに、余計なモノを持ち込まれるのが不愉快なだけ」
「……そういって、没収した本をガメてたりしないよな?」
「……」
あ、返事しねぇ。
「そ、そうだ、ところで、奥小田はなんでうちの神社に来たの?」
あからさまに話題を変えてきた! まぁ、これ以上突っ込むのは野暮というものだろう。だから、
「3月5日は巫女の日だからね。巫女鑑賞に来たんだ」
素直に答える。
「巫女さん鑑賞って…… ま、もうあたしも何も言えないけど」
おお、通報するとか言われるかと思ったんだけど、思いがけずおとなしい反応だ。それなら、気になってたこと聞いても大丈夫かな?
「そういや、なんで眼鏡外してたんだ? 別にコンタクト入れてた訳でもなさそうだし?」
そこだ。最初に見かけたとき、眼鏡をしていなかった。こちらの姿を見るときにも目を細めて見ていたことからコンタクトも入れていなかったと推察される。それがずっと引っかかっていたのだ。
「ああ、巫女装束に眼鏡ってどうかな、って思って。時代考証的に」
ここまでの会話の流れを考えると真面目なのかマニアックなのか計りかねる理由だが、なるほど。それは解らないでもない理由だ。
だが、だからこそ、語らねばなるまい。
「そんなの、アリに決まっている! 確かに、眼鏡の日本伝来は記録に残っているモノではフランシスコ・ザビエルが大内義隆に送った1551年ということになっている。だけど、それ以前にも足利義政が使っていたとされる眼鏡が残っていたりもするからその辺りまではさかのぼれるだろう。まぁ、どんなにさかのぼっても眼鏡自体が北イタリアで生まれたとされる13世紀以前にさかのぼるのは無理があるだろうけどね。だから、日本古来の神道の起源から考えれば新しすぎて伝統にそぐわないと考える気持ちはよく理解できる。でもね、神道というのはそもそも大陸の仏教やらを排除するのではなく飲み込んで行った懐の深いモノの筈だろう? だったら」
そこまで一気に語って溜めを作る。そして、
「巫女が眼鏡を掛けて何が悪い!」
高らかに宣言する。平日昼間の境内に木霊する眼鏡巫女肯定の魂の叫び。きっと懐の広い神道なら受け入れてくれるはずだ。
「た、確かにそうかもしれないけど」
うん? まだ迷いがあるか、ならちょっと方向性を変えて、
「それ以前に、曖昧な態度で巫女から眼鏡を遠ざけたから、さっきみたいな危ない目にあったんだろう?」
「それは、そうなんだけど……」
よし、もう一押し。ここはもう押し切るしかないだろう。
「じゃぁ、決まりだ! これからは巫女の時も今のように眼鏡をしていればいい! 眼鏡を外す必要なんて全くない! それに、その方がずっと素敵だ!」
あ、勢いで言ってしまった。
……頬が熱くなるのを感じる。
見ると、委員長も頬を染めている。
「ええい、そうだ、素敵だよ! 巫女で委員長で眼鏡は反則だ! あえてお下げじゃないのもな! だから、なんだ……」
言ってしまったら後には引けない。でも、勢いで口にするにも限度がある。これ以上は、どうしても言葉を紡ぐことが出来ず、そこで気まずい沈黙が過ぎる。
「はいはい、告白するならせめて懸垂でもして誠意を見せて欲しいわね」
どれぐらいの沈黙があっただろうか。
まだ頬は赤いものの、凛然たる態度を取り戻した委員長が返す。照れ隠しか先読みして冗談としてそんな言葉を絡めてくる。確かに、それなら冗談になる。
しかし、そのシチュエーションは明らかにメインヒロインの立場に居たはずの眼鏡っ娘が眼鏡を外したために失恋するストロベリーが10割な漫画のネタじゃないか。それは眼鏡的にアウトです。てかそのマンガ、いつも没収してるマンガ雑誌に載ってたよね?
「な、何自意識過剰になってんだ? ま、まぁ、お互いの趣味を知ってしまった訳だし、情報共有ぐらいしてもいいだろうってことで、どうだ?」
僕はチキンです。内心で突っ込んだりして時間稼ぎしつつも、結局は委員長の気遣いに甘えることにする。あと、今更だけど、『イッコ』も実は呼びづらいので心の中ではずっと委員長で統一している。決して表記間違いじゃないよ?
「ま、いいわ。あと……」
そこで少し間を開けて、小指を立てて白衣の袖を揺らしながらこちらに差し出してくる。
「これは、二人だけの秘密にしてね」
ずり落ちた眼鏡で上目遣いに見つめながら、そんなことを言い出す。
角度により、レンズが瞳に被ったり被らなかったりする、絶妙なアングルに僕はドキリとしながら、その小指に自分の小指を絡める。
――指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます♪
幼い約束に見えて針千本の刑に処される凶悪な約束。
それは委員長にとてもよく似合っている気がした。
――ゆーび切った♪
絡めた指を解く勢いに、白衣の袖がふわりと舞う。
童心に返るというが、それは素直な気持ちと言い換えてもいいのかもしれない。
少しはにかんだ笑みを見せる委員長は、今までにない険の取れた面持ちを見せた。
白と赤のコントラストに彩られた微笑み。
それは、これまでで一番、魅力的な笑顔だった。
こうして、僕と委員長は共通の秘密を持つことになった。
今まで気にはなっても距離を置いていた存在を身近に感じることが出来るようになったのはそれだけで嬉しいことだ。
でも、その距離が更に縮まるまでは、まだまだ時間がかかることになるんだけどね。
それはまた、別の時間、別の物語、ということで。
「境内の委員長」 完
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