境内の委員長2

「はい、没収」
「へいへい、お好きにどうぞ」
 鞍馬の持ってきた漫画雑誌を我らが委員長、寺野依杜子《てらのいとこ》が没収する。
 既に慣れっこというか恒例行事と課したからか、鞍馬が素直に差し出してそれを委員長が持ち出すというのが定例となっていた。
 二年生になって半年。
 科目選択が被ったが故に、クラスのアルファベットは変わりつつも主要なところは去年の1年B組と余り代わり映えのしない2年E組の教室で、そのやりとりは月曜の恒例行事となっている。
 寺野が委員長なのも相変わらず。
 ただ、若干変化があったとすれば……
「副委員長、あんたもちょっとは協力しなさい!」
 と僕に向けられる委員長の叱責。
 そう、何の因果か、僕は2年になってから、副委員長となっていたりする。
 気になる女子とお近づきになる機会を得ることが出来たのは正直嬉しいが、あの神社で彼女の秘密を知ってから半年、こっそりマンガの貸し借りをする程度の仲にはなったモノのそれだけ。特に一緒にどこかに遊びに行くようなことも無く、委員長の秘密を守る片棒を担いで過ごしている。
 そう、彼女が没収した漫画雑誌は、実は、彼女の懐に入っているのである。
 教師には『処分』という名目ではあるが、持って帰ってしっかり読んでいる辺りしたたかである。しかしまぁ、毎回毎回持って帰るのも怪しまれはしないかと、僕に秘密を知られてから気にしたらしく、偶に僕が没収することもある。
 ……まぁ、そのまま委員長の下にその本は届くことになるんだけれど。
 そんな関係が続いて早半年。
 本当に、何のフラグも立たずというかフラグを立てるようなイベントも発生せずにゴールデンウィークも夏休みもすっ飛ばして、秋を迎えた頃。
 ようやく、ありがちながら変化をもたらすイベントが発生したのだった。

「おい、副委員長」
 朝のホームルーム前。
 普段は眠気さめやらぬ学生達の倦怠にも似た空気に包まれる時間帯。
 しかし、今日は何やら落ち着かぬ空気を漂わせる教室で、この半年の間にすっかり定着した呼び名で僕を呼ぶのは悪友であり委員長への雑誌寄贈係である鞍馬だった。
「何?」
 まぁ、大体要件は予想がつくと思いながら、僕は自分の右隣の空いた机をちらと見る。
「今日、転校生が来るってことだけど、なんか詳しいこと聞いてね?」
 やっぱり。この二学期も始まって一ヶ月が経過したこの時期に、なにやら転校生が我がクラスにやってくるというのだ。昨日、突然委員長に通達があって、終わりのホームルームでクラスメート達に報告したのだ。因みに僕は横に立っていただけだ。これも最近定着した僕の文字通りの立ち位置だけど。
 閑話休題。
 そもそも転校生自体珍しいというのに、この半端な時期というのも興味をそそる。
 それで、まがいなりにも副委員長の僕に問おうというのだろう。
 うん。解りやすい。
 でも。
「いや、僕も昨日委員長から聞かされただけだし。詳しい話を聞いてたのは委員長だと思うけど」
「よし、じゃぁ、委員長に聞いてくれ」
 答えるや否や、委員長に聞けときた。まぁ、あれだけ厳格が服着たような委員長で散々しかられまくってる相手だと腰が引けるのは解るが、ここまで即座に僕に頼るのは泣き寝入りとも言えよう。
「何を言う。適材適所と言うヤツだ。委員長がグーとすれば、オレはチョキ。決して勝つことは出来ないからな。負け戦はしない主義なんだ」
 はいはい。その手の言い訳は聞き飽きたけれど、これも一種のお約束。鞍馬に限らず、男子の間では、委員長に話しかけづらい者だから僕がすっかり窓口にされているから慣れたものだ。まぁ、委員長と話す機会が増えるのはそれはそれで有り難いから文句は無いけれど。
 僕は席を立つと最前列教卓の目の前という何ともはや鬼門とも言える席に好きこのんで定住している我らが委員長の席まで行って尋ねる。
「委員長、何か今日の転校生について詳しいこと聞いてる?」
「そういうのは、来てからのお楽しみにするものよ? 無粋なことは聞かないで貰いたいわ」
 銀縁眼鏡をきらりとさせて、にべもなく返される。まぁ、何となくそういうとは思ったけれど。内心、色々ネタを考えてるのを隠してるのも解るけれど。
 とは言え、それは秘密。ばらせば針千本が待っているから僕は大人しく従うことにする。
「だな。解った。まぁ、あと10分もしたら解ることだしな」
 それだけ言ってあっさり引き下がる。傍目にはぴしゃりと言われて黙ったように見えるだろうが、これはボロを出さないためだ。下手に話がかみ合うとそれはそれは間違えた方向に話が発展するからね。
「見てのお楽しみだとさ」
「ふむ。委員長にしては気の利いた趣向だな」
 伝えると、鞍馬はあっさりしたものだった。というか、それなら聞きにいかせるな。
 そんなこんなで長いような、それでもやっぱり短い10分はあっという間に過ぎた。

「委員長から聞いてるとは思うが、今日から、このクラスに転校生がやってくる」
 型どおりの担任の台詞も、右から左。聞き耳が左なら左から右、なのかな? いや、そんなことはどうでもいい。
 そんな様子を満足げに見ながら、じらすようにカツカツ、と黒板に名前を書く。

 藤田花子。

 なんだか、平凡な名前だな。というか、今時『花子』は却って珍しくてよいのかもしれないが。そんなことを思いながら、どんな女子が現れるかと思っていると、
「ふじたはなこさん、どうぞ」
 勿体付けるように、教室の外へ呼びかける。どうやら、仕込んでいたらしい。どうにも入らないところに凝るからな、この国語教師は。
 バン。
 ? 『バン』。
 引き戸を開ける擬音なら『ガラリ』とかが相応しいところだが、これは『バン』としか表現できない。
 要するにものすごい勢いで扉が開かれ、金色の疾風が黒板前にやってきて、
「違いマース!」
 教室中に響く、よく通る高い声で開口一番そう発したのだった。
「藤田じゃないデース。藤『由』デース。よく見てください! 上に棒が突き出すのが正解デース!」
 言いながら、チョークを手に取ると、『田』の真ん中の棒を上に延ばして『由』にする。
「そんな訳で、ミナサンと今日から一緒に勉強することになったフジヨシハナコデース。宜しくデース!」
 そういって、テンション高く挨拶する。
 しかし、教室の空気は固まっている。
 いや、名前を間違えたのは多分みんなに間違わせないための仕込みだと思うけど、それ以上に、その転校生の姿に皆一様に驚いている。
 その教室の様子にしてやったりという表情を浮かべる担任の国語教師。
 うん、仕込み確定。
 と思ったら、何か一瞬、教師が教卓の前の生徒とアイコンタクトを取ったように見えたが……
 ああ、なるほどね、委員長のプロデュースな訳ね。
 とまぁ、そこまでの冷静さは有ったモノの、他の生徒達は多分、そんな余裕は無いだろう。こんなシチュエーション、ゲームやアニメやマンガやラノベぐらいでしかお目にかかれないからね。それらである程度予備知識を持っている者と持っていない者では現実非現実という違いは有っても『状況の把握』という部分ではフィクションでシミュレーションできている分有利だ。
 と、前置きが長くなったがそろそろ彼女の容姿について述べさせて貰う。
 語り口から予想はつくかもしれないが、藤由花子さんは、その和風というか定番の日本名からはかけ離れた、金髪碧眼の美少女だったのである。ボブカットのブロンドに、赤色のセルフレーム眼鏡が目元を飾る。小柄な割に我が校の制服に包まれたスタイルは隠しきれないアメリカン。
 ギャップを狙った演出という訳か。やるな、委員長。この美味しいシチュエーション、上手くいかしたなぁ。でも、僕も副委員長な訳で一枚噛ませて貰えなかったのが哀しくもあるが。
 しかし、眼鏡越しの碧眼も中々味があるね。うん。眼福眼福。
「それじゃぁ、寺野、それと、奥小田。クラス委員の二人が中心になってサポートしてやってくれ」
 まぁ、順当なところだろうが委員長と副委員長が指名される。
「それと席は、一番後ろの一番入り口側が空いてるから、そこで」
「了解デース」
 元気よく返事して、彼女がこちらに歩いてくる。
 一番後ろの一番入り口側。
 こうして、にぎやかな転校生を迎えることになり、更にはその面倒を見ることを義務づけられたことで、ちょっとばかしおかしなことになったのである。

 転校生の名前は、花子。
 彼女はちょっと変わった時期に転校してきたけれども。
 帰国子女でハーフで金髪碧眼ナイスバディだったりしたけれども。
 基本的にはごく普通の女の子でした。
 ただ一つ、違ったのは。

【クラスメート釘バットのような形状の携帯ストラップを指摘された時の言動】
「変わったストラップね」
「オー、これはエスカリボルグね!」
「え、えすかり…… 何?」
「なんでも出来ちゃうバットネ!」
「……」

【折角なので交流を深めるために帰りにこの辺りを案内すると持ちかけた時の希望】
「どっか行ってみたいとことかある?」
「イトコ! ミチユキ! オタロード案内プリーズ!」
「ちょ、ちょっとそれは今日はキツイから又の機会に……」
「オー、残念。でも、又の機会には必ずね! 約束ダヨ!」
「……」

【テレビ番組】
「オーマイガッ! 昨日の『スクールデイズ』何故か放送してなかったよ! どんなに血みどろか楽しみにしてたのニっ!」
「……」

 転校生は、オタクだったのです。

【授業中に自分の名前を間違われた教師に対する返答】
「フジョシのフジヨシと覚えてください!」
「……」

 更には、腐女子だったのです。

 とまぁ、そんな訳で、二人揃って隠れオタな委員長と副委員長は、そんなオープンな彼女にどう接して良いか悩むハメに陥ったのである。

「つ、疲れたわ……」
「ああ、本当に……」
 花子(本人が下の名前で呼ばれたがっただけで他意はない)の転校から一週間が過ぎて、彼女のクラス内での立ち位置が決まってきた。

 ちょっと痛い人。
 空気が読めない人。
 オタク。

 最初の内は物珍しさに色々と話しかけていたクラスメート達もそのたびそのたびに古今東西ありとあらゆるジャンルから引用されたネタで彩られた言動(僕と委員長はしっかり把握)に着いていけなくなって、段々と遠巻きに眺めるようになっていった。見た目に惹かれて寄って行った男子生徒達も5分もすると疲れて引き下がるような状況だ。
 嫌われると言うよりはどう接していいか解らなくて敬遠されている、といった様相。
 にも関わらず、持ち前のおおらかさというか大陸的な気質というか、それにもめげずに同じノリで通すモノだからいつの間にかどんどん温度差が広がっているのが現状。
 それに反比例して、彼女の面倒を見ることを義務づけられた僕と委員長に何かとお鉢が回ってくるようになったのだ。『花子係』とでも言おうか。
 そうして、この一週間は僕と委員長と花子の三人で過ごすことが多くなった。ある意味、両手に眼鏡っ娘ではあるが、精神的に辛いモノがあった。
 偶然の悪戯か、彼女の言動に問題なく追従出来るのだが二人ともそれを隠している。
 というか、今の花子のような状況になることを危惧して、これまで隠していたのだ。
 だから、心中複雑なモノがある。
 話に乗るのを堪えながら、何かと話し相手になったりする日々が続いていた。
 僕は、委員長ほど厳格なイメージは持たれていないから、ある程度ソフトなところで話に応じてボロが出ない程度に会話はしている。が、それも加減が難しい。ただ、それでも、他の人には無視されっぱなしなんで可成り喜んでくれてはいた。騙しているようで気が引けるけれども、副委員長としての最低限の責務と、隠れオタとして生きた今までとの生活の天秤はそれが限度だった。
 委員長に至っては、基本的に知らぬ存ぜぬで流しているが、乗れるネタに乗れないほど辛いことはない。
 そんな訳で、放課後、花子と分かれた後は二人して左記の通り気疲れでヘトヘトになっているのが常だったのだ。

 そんな日々が更に三つほど重なって、更なる転機が訪れる。

「むむ?」
 教室に入ると、僕の隣の席で文庫本を読む、金髪碧眼眼鏡っ娘の『文学少女』有り。
 珍しい光景だった。何しろ、このクラスにはマンガ本を問答無用で強奪、もとい、没収する委員長がいる。しかもその委員長が率先して面倒を見ることになっている。そうなると、マンガ本とか読まれると色々ややこしいことになるので僕の方から先手を打って厳重に釘を刺しておいたため、校内でそういう本を読むことは無かった。
 しかし、今日は、読んでいる。
 まぁ、マンガではなく、ライトノベルなだけマシなのだろうが。
 幸い、気づいているのか居ないのか、委員長は今のところ反応していない。
「おはよう。何だか、今日は "文学少女" だね」
 などと、思わず、ダブルミーニングな挨拶をしてしまった。
 そう、彼女が読んでいる本は『”文学少女“と慟哭の巡礼者《パルミエーレ》』。
 野村美月・著、竹岡美穂・イラスト、ファミ通文庫。
 全体的に淡い色調のイラストに飾られた表紙はライトノベルとしてはソフトな印象で文学作品の簡易版のような趣があり、萌え全開の表紙のモノとは違ってこういう場で読んでいてもそんなに違和感はないかもしれない。
 これは所謂”文学少女“シリーズの6冊目。毎回、文学作品の見立てを用いるのが特徴的なタイトル通り文学よりの趣のある人気シリーズの5冊目だ。当然、僕も読破している。だから、自然と口をついてちょっとネタを含んだ挨拶を返したのだ。
 すると、花子は僕の方を見て、驚いたような表情になり。
 ガタン。
 椅子の倒れる音。
 そして。
 突然、僕の頬に柔らかい感触が触れる。
「オー! 私の趣味、理解してくれるの、ミチユキだけね」
 更に、右腕に重みを感じる。
「やっぱり、解ってくれたネ! きっと解ってくれると思ってタヨ」
 って、いきなり頬にキスされた。
「寂しかったネ! ミチユキだけだっタヨ、本当の意味で話し相手になってくれるの」
 いや、待て。
 なんだ、これ?
 直ぐ近くに朱いセルフレームに縁取られたサファイアの瞳。
 それに何やら捕まれた右腕が柔らかくて暖かいモノに包み込まれている。
 それが何かは言わずもがなだが、慣れないシチュエーションに困惑する。
 どちらかといえば巨乳眼鏡っ娘よりはペタ眼鏡っ娘の方が慎ましくて好みだから大丈夫。
 そう言い聞かせて、理性を保つ。僕は一志先輩についていく(錯乱気味)。
 帰国子女でその辺おおらかだという認識からか、空気が読めないのは今に始まったことではないからか、好奇の目を向けるモノがいてもそれほど痛くないのが救いか。
 と思ったのだが、
「お、お、奥小田君、ふ、藤由さん!」
 珍しく言葉に詰まりながら、何か妙に気迫のこもった様子で此方を睨み付けながら、我らが委員長が教壇前の指定席から突っ込んできた。そう、なんというか『突っ込んできた』としかいいようのない勢いだ。周囲も何事かとその姿に注目する。
「校門を潜れば、そ、そこは学問に特化した異界。そ、そういう不純異性交遊は、こ、この学問の聖域にはふさわしく無いわ!」
 やはり言葉に詰まりながら、というよりは激情に声を震わせながら、と言った様子で続けつつも、最後は毅然と言い放つ。彼女の厳格さを知るクラスメート達は、納得の面持ちで自分たちに飛び火しないように距離を置く。
 ……そうだった。委員長って堅物だったんだ。
 それを思い出した僕が、自分自身は何も悪くないとは思うのだが、顔から血の気が引くのを感じる。
「オー! 確かに男同士と比べたらずっと不純ネ。所謂プラトニックラブの原点は少年愛だからネ! でも、ただの男女交際を十把一絡げに『不純異性交遊』と決めつけるのはいささか早計ね、イトコ」
 勇ましくも、反駁する花子。しかし、流石腐女子というべきか、どうでもいいこと知ってるなぁ。
「お、男同士って、そんなやまなしおちなしいみなしみたいなモノと比較しないで! 確かにあれはあれで純粋かも知れないけど、一般的な認知は低いんだから!」
 だからって、待て、その議論はまずい。それじゃ元の黙阿弥だ。
「あ、あー、花子、委員長」
 そんな訳で、助け船。
「何? 奥小田」
 いつに無くキツイ目で睨まれる。怖い。
「ワット? ミチユキ」
 こちらはいつも通りのキラキラ好奇心な瞳。こいつの性格、どうにかならんか。四枚のレンズを通した四つの瞳に見詰められてどぎまぎしつつも、ここは委員長の秘密を守るためにどうにか立ち回らないと本当に針千本飲まされかねない。
「ここが学問の聖域という委員長の理論に従うなら、こういう理論は場を改めてする方がいいと思うんだけど、どうかな?」
 意図を察してくれ。
「あ、そ、そうね。その方がいいわ」
 取り繕うように、ずれた眼鏡のブリッジを右手中指で押し上げつつ、
「じゃぁ、この件については、場所を改めて放課後じっくり話し合いましょう」
 笑顔が怖い。
 そんな表情を浮かべながら、僕と花子を見る。
「イトコ…… 何か怖いネ」
 ごもっとも。

 そして、放課後。
 正直、委員長のぴりぴりした雰囲気が伝わってきて、生きた心地がしなかったのだけれど、どうにか一日を乗り切った。
「とりあえず、うちの神社に行くわよ。あそこなら、落ち着いて話せるわ」
 それだけ二人に告げるとさっさと教室を出る。
 直前に、振り返って、此方を睨み付ける。
「い、いこう、花子」
「う、うん」
 僕と花子は戦々恐々としながら、後に続いたのだった。

 涼やかな風が吹き、境内の木々を揺らす。
 既にオレンジを強くした木漏れ日に照らされる、本殿の裏。
 奇しくも、委員長の秘密を僕が知った場所。
 そこが、話し合いの場に選ばれた。
 というか、冷静になってみると、よく考えたら何を話し合うんだ?
 確かに、校内で破廉恥な行為があったことを咎めるのは解るが、よくよく考えると『話し合う』とは違うような気もする。
 そんな風に考えていると。
「花子、どうして急にあんなことしたの?」
 怒っているというよりは、恨みがましい雰囲気で、委員長が切り出した。
「それは、嬉しかったかダヨ。今まで、誰にも相手にされなくて」
 ふっと、力が抜けた雰囲気で、顔を伏せて花子が語り始める。
「寂しかった。出来るだけ明るく振る舞ってたけど、やっぱり、すごく寂しかったんだよ」
 そういって、上げた顔。
 目元を飾る赤の奥の青が、揺れていた。
「イトコとミチユキだけが接してくれたけど、それもどこか役割に従っただけだと思ってた」
 僕と委員長の顔を見ながら、
「だって、二人とも、何かぎこち無かったカラ」
 思いを吐露し続ける。
「二人とも、何かを隠してるような、そんな感じ」
 涙が零れないようにか、木々に複雑な文様に切り取られた空を見上げる。
「ああ、やっぱりこの人たちも義務感だけで接してるんだな、って正直思ったんダヨ」
 再び目線を此方に戻し、続ける。
「でも、ミチユキは、何かぎこちなかったけれど、少しずつ話題を合わせて、歩み寄ろうとしてくれるのが感じられた」
 そして、僕の隣に並ぶと、そっと、腕を絡めてくる。
「でも、イトコは、やっぱり何か隠してる」
 委員長がはっとした表情を浮かべる。
 そんな変化に気づいてか気づかないでか、言葉を続ける。
「だから、本当の意味で私と話してくれていたのはミチユキだけ。ミチユキは、こっち側の人間だと思ったから。だから、今日、ちょっとした切っ掛けを創ってみたの」
 それが、”文学少女“か。
「そしたら、やっぱり、ミチユキは解ってくれた! 本当に嬉しかったの。だから、もう、感極まって気がついたらミチユキに飛びついてたんダヨ」
 行って、更に絡めた腕に力を込める。柔らかい部分が押し当てられる。
 僕はペタ…… 以下同文、で平常心を保つ。
 しかし、まさかと思うが、文学少女の記号として、最近は五分五分程度になった気もするが相変わらず用いられることの多い『眼鏡っ娘』にまで気づいてたらエスパーだと思うが、そんなことはないだろう。あの作品の”文学少女“は眼鏡は掛けていないしね。
 そんな風に考えを巡らせて更に気持ちを落ち着ける。うん、なんだ、この状況で落ち着くのって大変だね。
 そんな風に僕が考えている間だ、委員長と花子も口を閉ざす。
 しばし場を支配した、さらさらと秋風になる葉擦れの音を遮ったのは委員長だった。
「そう……」
 その表情は、険しいというよりは悔しいといった雰囲気だった。
「うん。だから、イトコにも素直になって貰えたら嬉しいヨ!」
 え?
「なんで隠すの! イトコは多分、私の振った話題を理解していたはず。なのに、隠すために答えてくれなかったんダヨね?」
「そ、それは……」
 委員長が答えに窮する。期せずして巫女の日と同じ場所で同じシチュエーションだ。
 だけれど、これはずっと重い。あんな個人的な問題ではない。
「好きなモノを隠すなんておかしいヨ?」
 段々と、花子の言葉に熱が入り始める。
「どうして自分を偽るの? 折角、話が通じる人が側に居るのに。話し相手になって欲しいと思っている人が側に居たのに!」
「だ、だって! それを大っぴらにしたらどうなるか、解ったでしょう!」
 ここにきて、遂に委員長が反論を始めた。
「いい、哀しいけど、あれが現実なの! 人と違うモノを排除する。世間が形成した価値観に右にならえ。多かれ少なかれ、それが日本という国の現実なの! When in Rome, do as the Roman do よ」
 相手に合わせてか、わざわざ最後を流暢な英語で纏める。
「私は、それに、委員長だから。学校という聖域の中で、学問の滞りない進行を司るいわば巫女なの。それが、そんな、趣味でブレるようなことがあってはいけないの!」
 そんな風に考えてたんだな。それはそれで辛いけど。
「でも、だからって、殊更に隠すのはおかしいよ! もっともっと、イトコとは仲良くなれる筈なのに」
 花子も引かない。
「駄目よ! それに、花子だって、もっと控えていればそんなに寂しい思いしなくて済んだでしょう!」
 委員長も引かない。
「いやダヨッッッ!」
 今までで一番大きく激しい声で花子が拒絶する。
「私は私ダヨ! 他の誰でもない。そんなつまらない理由で隠したりするぐらいなら、そんなの好きってことじゃない! 好きなら、貫かなきゃ! 胸を張って語らないと! 何も恥ずかしいコトなんて無いんダヨ! 私は日本のアニメもマンガもライトノベルモ本当に素晴らしいと思ってる! だから、それを好きである自分を偽ったりしたくないヨ! 自分が素晴らしいと思うモノを隠すなんて、大切なモノを冒涜する行為よ!」
 一気にまくし立てる。
 花子の勢いと、その内容に、僕も委員長も何も言えなくなる。
 痛いところだった。
 僕と、委員長の。
 二人とも、心のどこかでは同じ事を考えていた。
 でも、現実はそうはいかな「かった」。
 そう、過去形だ。
 二人とも、今回の花子のような境遇を経験している。
 だから、その寂しさは理解してあげられる筈だった。
 僕が、少しずつでも話題に乗ったのはそれに耐えきれなくなったから。
 委員長は、きっと、気づいていても、自分の信念との板挟みで何も出来なくて。
「ごめんなさい……」
 ふと、委員長が言葉を発した。
「ごめん、花子…… 解ってる。解ってるのよ、そんなことは。好きなモノは好きだからしょうがないじゃない。だから、隠したくなんてない」
 口論していた時の勢いは無く、静かに、語る。
「そうよね。そんな花子の気持ち、一番よく知ってるのは私たちじゃない…… なのに、自分の立場とか信念とか…… 結局、我が身可愛さに傷つけてただけだもんね」
 そして、真っ直ぐ花子を見つめる表情は、柔らかい笑みだった。
「解ったわ。私も、隠さない」
 え? おい、いいのか?
「でもね、急な変化はクラスのみんなを驚かせてしまうから、少しずつ、時間を掛けてだけど、いい? そうね、花子に合わせてる内にどっぷり浸かってしまった、というようなシナリオなら、周りにも違和感ないから…… 出汁に使うみたいで悪いけど、それでどう?」
 気持ちをはき出して若干方針気味だった花子に、そう語りかける。
「本当に、計算ずくだけど…… 委員長キャラならそれもアリダネ!」
 そういって、笑みを返す。
「ありがとう。これからは学校でも少しずつ話題に載っていくわ」
 そう言って、今度は此方を見て、
「だから、いい加減、奥小田から離れなさい」
「ソーリー!」
 何故か、謝りながら、僕の右側を支配していた温もりは離れていったのだった。

 それから、僕たちはそのまま本殿浦で今後の作戦を立てて、解散することとなった。
 その帰り際。
 僕の背後で、花子が委員長の側に歩み寄る。
 そして、
「イトコ、それとね?」
 言いながら、声を潜める。
「好…な……も隠しちゃ駄…だよ?」
 ん? 肝心な所が聞こえなかったが、なんだ?
 なにやら、委員長が耳まで真っ赤になってるってのが意外だが。よっぽどヤバイネタだったのか?
 そんな風に思いながら見つめているとふと、委員長と目があった。
「あ、あああ、な、なんでも無い!」
 慌てた様子で顔を背ける。
 なんだろう?
 まぁ、それは置いておいて。
 こうして、僕と委員長のカミングアウト計画が始まるわけだが。
 それはまた、別の時間、別の物語、ということで。

「境内の委員長2」 完

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