えむみこ!

「巫女はMから始まるのよ!」
 今日も笑夢は、そんなことを宣っている。
 クラスメートの白い目さえも快感に変えて。
 罵詈雑言をヒーリングミュージックに変えて。
 これは打たれ強さ(?)を武器に、最強の巫女を目指す少女、真園笑夢《まそのえむ》の奇妙な恋(?)の物語。


■ 1 ■


 真園笑夢という少女は、クラスで浮いた存在だった。
 そんな彼女は、神社の娘として産まれた。
 幼い頃から家の手伝いをしていて、将来は立派な巫女になることを夢見た。
 だが、彼女はどこかで勘違いをしてしまった。
 巫女とは何か?
 現代日本では、神社の祭祀に関わる職務に就く者という程度でしかない。
 なのに、彼女は巫女を何か神聖なモノというよりは強いモノと思ってしまった。
 幸か不幸か、彼女は自宅が神社であり神道に触れる機会に事欠かないにも関わらず、巫女のなんたるかをサブカルチャーから学んでしまったのだ。
 伝統的な巫女よりは、女性のシャーマンに対して『巫女』と訳す、広義の意味で捉えた。
 だから、彼女なりに巫女とは何かを研究していた。
 そうして、思案に暮れた末、ふと気づいた。
 よくよくみれば巫女の『巫《かんなぎ》』の中心にはアルファベットの『M』が隠されている。
 そして、巫女はローマ字表記でMから始まる。
 彼女に取っては天啓だった。
 端から見れば非常に残念な。
 そうして、彼女は自分自身の巫女道を勝手に見つけてしまった。
 最強の巫女を目指そう。
 だが、彼女は体格は平均よりも色々と小さく、目も悪くて眼鏡を掛けていた。
 だから、肉体的な鍛錬もするにしても、そちらよりは精神的な強さを重視した。
 心を鍛えるには日々の苦難を試練と捉え、逃げ出さず、むしろ喜んで困難へ飛び込んで乗り越えていく地道な努力が欠かせない。
 そう、巫女は『M』から始まるのだ。
 Mであることが、きっと、最強の巫女への近道に違いない。
 巫山戯ているようだが、彼女に取っては大まじめ。
 いや、巫山戯るという字にも『巫』の字が含まれるのでそれはそれでよいのかもしれない。
 こうして、彼女は何かに付けて面倒ごとに首を突っ込む性格となり、女子高生となった現在、Mな巫女として認知されていた。

 そんな彼女のクラスに、転校生がやってくるという。
 クラスの女子達が色々と噂話に花を咲かせていることから、男子だと推察される。
 笑夢は、自分の性質を隠しはしない。
 何かに付けて「巫女はMから始まるのよ!」と言っては面倒ごとに飛び込みたがる彼女は、嫌われるまではいかなくとも厄介な存在としてクラスで浮いた存在ではあった。
 だから、彼女は噂話に加わることは無かった。
 笑夢は笑夢でどんな輩が現れるのかを楽しみにしない訳ではなかった。
 近づきがたければ近づきがたいほど嬉しい。
 自分のことは棚上げして、クラスの厄介者とお近づきになるのは素晴らしい試練だろう。
 想像しただけでゾクゾクする。
 そうして、担任教師に連れられて転校生が現れた。
 無造作に伸びた長髪を首の後ろでまとめ、露わとされた顔は若干目つきが鋭いが、整っている。
 長身で、引き締まった体躯であり、ワイルドな美形とでも言えばよいだろうか。
 その姿に、女性陣は黄色い声を上げる。
 だが、笑夢は今のところは無関心だ。
 見た目は確かに整っているが、それだけだ。
 どんな人間かはまだ解らない。
 その自己紹介までは判断を保留しようと決めていた。
「真崎戸流人《まさきどりゅうと》だ。月並みだが、親の仕事の都合で急遽こっちへ来ることになってこの学校へ編入することになった」
 ぶっきらぼうだが、しっかりと響く深い声でその言葉通り月並みな自己紹介を行う。
 笑夢はその時点で興が覚めつつあった。
 一方で、女生徒達はその声にも魅力を感じて更に騒ぎ始める。
 自分に対する女生徒達の反応と、その反応に対する男子生徒のやっかみの声をしばし言葉を切って吟味しているようだった。
 そして、おもむろに言葉を発する。
「ああ、最初が肝心だから、大切な事を言っておく」
 深い声の響きに、ざわめきが止む。
 その静寂の中、彼は続けた。
「俺は三次元に興味はねぇ。誰か二次元人の知り合いが居たら是非とも紹介してくれ」
 どこかで聴いたようなと言えなくもない宣言に、先とは違う性質の静寂が教室を満たす。
 その様子をどこか満足げに睥睨して、更に言葉を重ねる。
「大事なことだから繰り返しておく。俺は三次元に興味はねぇ。黄色い声など不快なだけだ」
 この瞬間、笑夢の心に熱く燃えるモノが湧き上がってきた。
 それは、間違っても恋ではない。
 武人が強い武人と出会って感じる、そんな感情に近い。
 そうして、凍える空気の中、長い黒髪を振り乱して笑夢はやおら立ち上がる。
「巫女はMから始まるのよ!」
 笑夢は教壇に立つ転校生に指を突き付け、
「だから、あたしは貴方と恋仲になることに決めたわ!」
 転校生を真っ直ぐに指さし宣言する。
 未だ制止したままのクラスメート達。
 流人は、その小柄な姿を真っ向から見返し、告白とも言えぬ言葉に、ニヤリと笑みさえ浮かべて答える。
「俺は三次元に興味は無い。二次元になって出直してこい」
 こちらも堂々と、格好を付けて、しかし内容的にはかなり残念な拒絶の言葉を宣言した。
 その返事に、笑夢は満面の笑みを浮かべたのだった。

 これが、笑夢と流人の恋とも呼べぬ不可思議な関係の始まりだった。


■ 2 ■


「解らないことがあれば何でも教えるからあたしを是非とも頼ってついでに恋仲になるのよ!」
 休み時間、笑夢は流人の席に颯爽と現れ、そう宣う。
 彼女はクラスで浮いた存在ではあるが、面倒ごとを買って出る性格でもある。
 故に、彼女は自ら進んで委員長をしているのだ。委員長が転校生の面倒を見るのは必然。
「親切はありがたく受け取るが、恋仲は無い」
 そう断った上で、笑夢から学校の設備やら授業の傾向やらの説明を受ける。余計なことを言っているが、委員長としての職務は全うにこなしている笑夢だった。
 そんな露骨な笑夢の態度に、クラスメート達は生暖かい目を向ける。
 女子生徒の熱気は流人の再三にわたる「三次元に興味は無い」発言で冷めて冷め切って寒気になっている。
 男子生徒のやっかみもそれに相殺される形で、無関心に近い状態になっていた。
 要するに、転校早々に流人もクラスで浮いた存在となったのだ。
 笑夢はそんなクラスの状況には無頓着に、ただただ、流人の心を開こうと、その後も何かに付けて世話を焼いていた。
 そんな笑夢を止めるモノはおらず、数日で笑夢と流人は何かにつけ行動を共にするような位置に立っていた。
 とは言え、一方的に笑夢が近づいて流人は頑として拒絶をし続けるだけなのだが。
 それでも、繰り返されると気になるのは気になる。
 だからあるとき、流人はふと笑夢に問うた。
「なんでそこまで俺と恋仲になろうとするんだ?」
 そう、笑夢をよく知らない流人からすれば、あれだけインパクトを与えて周囲を凍り付かせた状況で、自分に挑むように言い寄る笑夢の行動が不可解だった。
「それは、貴女が三次元に興味が無いからよ」
 笑夢はさも当然というように答える。
「……どういうことだ?」
 流人の反応は真っ当なモノだろう。
 当然、笑夢も予想はしていた。だからか、待ってましたとばかりに言葉にする。
「巫女はMから始まるのよ! あたしは最強の巫女を目指している。試練があれば喜んで飛び込んで、それを乗り越え更に上を目指す!」
 陶酔するように、右手を天に突き上げて笑夢は見栄を切る。
「それで?」
 そんな笑夢に興味なさ気に先を促す。
「つまり、三次元に興味が無いという壁を持つ貴方の心を三次元たるあたしが射止めると言うことは、相当な困難。だからこそ、意地でもその困難を乗り越えて、最強への道を歩むわ!」
「それはご苦労なことだな」
 素っ気なく答え、意地悪く、鋭い目を細めて背の低い笑夢を見下ろしながら、少し間を置いて言葉を続ける。
「ん? それじゃぁ、俺が今ここであっさりとお前になびいてしまえば、その試練は無意味になる。やろうと思えば、そうやってお前を即座に追い払うことも出来るんじゃぁないか?」
「そうよ」
 笑夢は見上げてあっさり同意する。しかし、こちらも負けては居ない。
「でも、それは出来ないでしょう? 貴方があたしになびけば、貴方の二次元信仰も覆るんじゃない?」
 ニヤリと笑みを浮かべてそう返す。
「ふん、確かにな。だが、俺の二次元への愛は普遍だ。お前のようなチビッコ眼鏡に左右されるほどヤワじゃない」
「人の身体的特徴をあげつらうなんてゾクゾクするじゃないの」
 笑夢は、流人の絶対的な拒絶の言葉に喜悦さえ浮かべる。そんな様子を見て、少し興が乗ったように流人は告げる。
「面白い。それなら、お前のMが勝つか、俺の二次元愛が勝つかの勝負という訳だな」
「そうなるわね」
 キラリ眼鏡を光らせて、笑夢は不敵に笑んだ。


■ 3 ■



 笑夢と流人は二人で休日の遊園地を訪れていた。
 高校生の男女が二人で来るのはデートと言って差し支えないだろう。
 笑夢と流人はそんなことをする仲に進展したのか?
 それは逆だった。
 そうならないためのデートだ。
 勝負と言った方がよいかもしれない。
「今日こそは貴方を振り向かせて見せるわ!」
 言って、笑夢は腕を流人に絡める。
「洗濯板が押しつけられて、袖が綺麗になりそうだな」
 流人は興味なさ気に憎まれ口を叩く。
「平面に近い方が好みなんでしょう?」
「バカを言うな。三次元が薄さで二次元に勝てると思うな」
 積極的に攻める笑夢を興味なさ気にあしらうのが既に流人の常となっていた。
 それなりの日数を共に過ごす内に、笑夢との適度な距離感が掴めたように見える。
 笑夢はそれでも、その距離を縮めるべくとにかく積極的に近づいていた。
 今日は遊園地。
 彼女の大好きなモノがここには揃っていた。
 遊園地の華と言えば絶叫マシン。
 何回転もするジェットコースターも、高々度からのフリーフォールも、笑夢には涎が出るほどの御馳走である。
 だから、何回も何回も繰り返し乗った。
 流人は流人で負けず嫌いなところがあるようで意地になって付き合っていた。
 だが、限界はある。
「いやぁ、満腹満腹!」
 頬を上気させて幸せそうな笑みを浮かべて笑夢は言う。
「……だから三次元は嫌なんだ。二次元に高さは無いからな」
 青い顔で流人は応じる。
 乗る前よりも元気になっている笑夢と、すっかり疲れ果てた流人。
 対照的な二人。
「限界みたいね?」
 ふらつく流人を見上げて、挑発的に笑夢。
「……本当にドMなんだな、お前」
 苦行とも言える絶叫マシンに繰り返し乗って元気になっているのは、流石に流人の感性からは遠い。だからこそ皮肉を込めて言ったつもりだったのだが、
「ドM! それは巫女の中の巫女って意味ね! 最高の褒め言葉だわ!」
 何故か斜め上の方向で笑夢は喜んでいた。
「古今東西の巫女キャラに謝れ!」
 思わず、流人も突っ込んでしまう。現実の巫女さんではなくあくまで二次元のキャラクター限定なのが彼の矜持であろう。
 そんな漫才を繰り広げていて、ふと、笑夢は思った。

 楽しい。

 慌てて首を振る。
 思いを打ち消す。
 楽しかったら試練にならない。
 自分一人で楽しむ分には言い。
 だが、流人との関係を楽しんでは本末転倒である。
 相手にされないからこそ恋仲を目指すのだ。
 そこが揺らいではいけない。
「どっかで何か食べましょう!」
 気持ちを切り替えるために、笑夢は話題を変える。
「唐突な上に、凄くアバウトだな」
「遊園地の中なんて知れてるし。あ、勿論あたしのおごりで高いモノを頼まれてお金が足りなくなってバイトさせられるなんて展開が素敵だわ!」
「割り勘にしろ。いや、自分で足りなくなるまで頼んで自爆しないようにむしろ奢らせろ……」
 こうして二人、食事を取り、また絶叫マシンに乗り、解散する。
 二人の形だけの初デートはこうして幕を閉じた。

 この時点でも、笑夢と流人、お互いに恋心は無かった。
 本当に?
 本当に。


■ 4 ■


 笑夢と流人は在り方が破綻したカップルだ。
 時が経つにつれ、笑夢と流人が共に居ることは当たり前のこととして周囲に認知されていた。
 それでも、二人が好き合って居るどころか勝負していると言った方が良い関係であることもまた認知されていた。
 だから、放課後にこんなやりとりをしていてもいつものこととスルーされる。
「今日は帰りにパフェ食べるわよ!」
「お断りだ。今日は予約していたゲームの発売日だからな。二次元の少女達が俺を待っている」
「予約しているなら閉店までに行けばいいじゃない?」
「何を言っている! 魅力的な女性に一刻も早く会いたいと思うのは男として当然だろう?」
「ここにも魅力的な女性がいるじゃない?」
 言って、自分を指さす。
「……な、何を言っている。二次元と三次元が比べられるか!」
 珍しく少し言葉に詰まりながら、流人は返す。
 その自分を拒絶する言葉に、笑夢は歓喜を感じながらも、チクリと胸に刺さる痛みのようなモノを感じていた。
 だが、それを気のせいだと断じて、
「まぁまぁ、いいじゃない? 買い物にも付き合うから、パフェ食べにいこ! 勿論、一つのパフェを二人で突き合うのよ!」
「……せめて別々のパフェにしろ」
「ん? それじゃぁ、パフェ食べに行ってくれるの?」
 誘っておいて拒絶を期待しつつ、それでいて誘いに応じられたのが臨み通りでもあり意に反してもおり。
 複雑な感情を抱きつつ、
「ああ、ああだこうだ言われるよりは面倒を済ませてから、二次元少女達との逢瀬を楽しむとするよ」
 苦笑しながら応じる流人の言葉がただ嬉しくて、
「うんうん、それじゃぁ、いきましょう!」
 自然と、笑夢の顔には笑みがこぼれていた。

「ふぅん、それが、あたしのライバルという訳ね」
 宣言通り二人でパフェを食べた後、ゲームショップで流人が購入したゲームのパッケージを長めながら、笑夢は不敵な笑みを浮かべていた。
「ライバルになどなれるか。三次元には興味が無いと言っているだろう?」
 流人は意地悪い笑みを浮かべていつも通りに拒絶の言葉を投げる。
 これが、二人の距離。
 いつもの関係。
 笑夢の試練。
 だけど、笑夢は最初の頃に比べて流人の態度が軟化しているように感じていた。
 一方的な拒絶から、こちらの話に対する軽口のように自然な言葉となっている。
 流人との関係が進展するのは笑夢が望んだ道であり、それでいて容易に辿り着いては行けない場所でもあった。
 だから、流人の態度が軟化したことが勘違いであることを確認したかった。
「興味ないって割には、あたしとの交流を楽しんでるみたいに見えるけど?」
 そう、カマを掛ける。
 すげない返事が返ってくるだろう。
 そうしたら、またいつもの通り、その苦難を乗り越えるべく、巫女のMを宣言するのだ。
「……それとこれとは別だ。楽しいのは楽しい。だから、拒絶しきれないのかもしれないな」
 いつになく、柔らかい視線で笑夢を見下ろし、そんな言葉を返したのだ。
「え?」
 予想外の返答に思わず目を見開く。そして、自分の意志とは無関係に顔が綻ぶのを感じて必死にそれを押しとどめる。
 そんな様子に慌てたように、
「か、勘違いするなよ! 俺が興味があるのは二次元だけだからな!」
 と何かのテンプレートのような言葉で取り繕う。微妙に頬が赤いのは夕暮れのせいだろう。
 そういうことにしておこう。
「ええ、分かってる……」
 言葉とは裏腹ににやける顔の筋肉に活を入れるべく、笑夢は自分の両頬を平手で張る。
 頬が赤いのはそのせいだ。
 きちんと理由付けをしたところで、気を取り直して宣言する。
「巫女はMから始まるわ! だから、三次元に興味を無い貴方を振り向かせて見せる! それがあたしの巫女道よ!」
「俺は、三次元に興味はねぇって言ってるだろう」
 流人はいつもの返答だった。

 この時点でも、笑夢と流人、お互いに恋心は無かった。
 本当に?

 それは、また別の機会に紡がれる二人の物語でのお楽しみ。

えむみこ! 第1話 完

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