伊藤計劃・著、ハヤカワ文庫。
5月13日(水)読了。

かつて〈大災厄《ザ・メイルストロム》〉があった。
渾沌の経験が人々に植え付けた恐怖は、生命への執着として実を結んだ。
健康を監視する WatchMe とあらゆる薬を自動で産み出す医療分子《メディモル》により、人々は病を克服し、老衰か事故以外で死ぬことのなくなった世界。
だが、 WatchMe をインストールされる前の子供は例外だ。
霧慧トァンは、少女時代、世界に抗う御冷ミァハと出会って……

あらゆる病が克服された世界。人類が到達してしまった一種のユートピア。その先に何があったのか? トァンの目を通して、ミァハとの関係性を用いながら描かれる物語。現実と地続きに進んだ先にあるものを科学的に描いた正にサイエンス・フィクションですな。
災厄を乗り越えた、というよりは再発を怖れる余りに管理社会へと走るのは一種のディストピアではあるのですが、人は互いを社会のリソースとして尊重し合い、意志を持って安全に生きている世界は確かにユートピアでもあり。

でも、まだ社会に溶け込む前、安全装置である WatchMe が組み込まれていない子供達の感受性には時に歪とも受け取られるがゆえに、自殺という行為が可能であるという社会の落とし穴。どこまでもロジカルに突き詰めた、このユートピア/ディストピアの先は、納得のいくものでありながらも、なんだか考えさせられるものでありました。なんというか、タイトルに籠められた意味が、深い物語ですな。

また、 eXtensible Markup Language ~ XML の性質を持った Emotion-in-Text Markup Language ~ ETML で描かれているという仕掛けも秀逸ですねぇ。本当、やられた、と思いました。

こうして、氏の長編二作を読みましたが、本書の刊行からわずか三ヶ月ほどで亡くなられているため、この先が決して読むことができないというのが本当、残念です。また、短編も折りを見て読みたいと思います。

てなところで次は『響け! ユーフォニアム3 北宇治高校吹奏楽部、最大の危機』です。

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

伊藤 計劃
出版社:早川書房
発売日: 2010-12-08